こんにちは!
今日は広報部の平良麻乃がお送りします☆
きました2013!!!!!!
第2回世界若者ウチナーンチュ大会2013・アメリカも
“来年”ではなく“今年”になりましたね!わぉ
いやぁ、楽しみです^^
そして、昨日は今帰仁村の移民子弟研修生である
伊良波ファビアン(アルゼンチン・2世)の修了式に行ってきました!
ファビアンはなんと
スペイン語・ポルトガル語・英語・日本語・ウチナーグチと
5つの言語を話せるんです!
ウチナーグチでのスピーチもとても上手でした!
舞台と参加者席との距離が近かったため、
ウチナーグチを使って参加者とやりとりをして
会場は笑いが起こったり
終始アットホームで和やかな雰囲気でした
三線は歌もとても上手で
音痴の私は羨望の眼差しで聞いていました(笑)
他にも踊りを披露したり、
ファビアンが書いた習字が飾っていたり
(写真後ろに見える習字の文字もファビアンが!!!)
すごく多彩で優等生だ!!!!と感動。
そして、とても強く感じたのが
ファビアンが今帰仁村の皆様にとても愛されているということ。
笑顔が素敵で「好青年」という言葉が似合うファビアンは
修了式でのみなさんとの会話や、研修中の写真などを通して
老若男女問わず人気者だということがわかりました。
※この写真は名護市(右から1人目と2人目)本部町(右から3人目)県費留学生(左から3番目)も一緒に
そんなウチナーンチュの心をもつ多彩なファビアンは
アルゼンチンと今帰仁の、そして沖縄の架け橋になってくれると思います^^
おつかれさま!また沖縄に帰ってきてね☆
そして私のプロフェッショナル。
なんだったか覚えてますか?笑
そう、”移民・ウチナーンチュ社会“の二つです!
見逃したという方はこちらをご覧ください
https://youthuchinanchunetwork2011.ti-da.net/e4161664.html
さて。
「移民」を説明すると
昔、戦前戦後と沖縄が貧しかったとき、
家族のために海外へ出稼ぎに行った人たちがいました。
それが沖縄移民と呼ばれる人たちです。
その方々は、稼いで沖縄に戻るつもりでいましたが
戦争やその他いろいろな事情があって、
帰ることができなかった人々もいます。
とても深ーい歴史で一気に説明は無理なので
これから一つずつ調べてブログで発信していきますね。
でも、沖縄移民の歴史は私たち沖縄県民にとって
とても関係のある歴史なんですよ。
まず….
これ!!何だと思います??
これは、浜比嘉島の学校の校門横にあるものです。
古いものなので文字は薄れて見えにくくなっていますが
アルゼンチン・ハワイ・ブラジル・ペルー…と書かれているのわかりますか??
実はこれ、この学校が海外に移民したウチナーンチュからの
送金によって建てられたことを示すものなんです!
国の上のほうの文字は”円”と書かれていますね。
これは寄付してくれた金額になっています。
有名な話だと、ハワイから豚を送ってくれた話がありますね。
戦後、壊滅的な打撃を受けた沖縄は
沖縄文化を支える黒豚アグーも絶滅的状態に。
そんな故郷の状況を知った日系移民の方たちが
豚550頭を送ったとのこと
それが3年かけて10万頭に増えたというから驚きです
今私たちがソーキやてびちを食べられるのも
移民先から豚を送ってくれた先人たちのお陰ですね。
調べれば調べるほど興味がわいてきます
これから豚を食べるときは
先人への感謝を心に留めつつ
おいしく頂こうかなと思います。
さっそく明日の昼食はソーキそばにしよっかな。
- Home
- メンバーの活躍・活動
- 感動した、研修生!感謝した、海外へ渡った先人!